キチママ目撃談

鬼女やキチママ等の生活系2chまとめブログです!

タグ:祖父

オススメピックアップ!

768: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/10/02(日) 14:00:34.53
祖父のせいで私が修羅場だった話です

中国に興味があった祖父はある時、親戚の大学教授たちとみんなで中国旅行に行った
そこで好奇心から色々やらかした(内容は同行者語らず。ただハプニングがあったとだけ帰国後、聞いた)おかげで、ある上品な老人と友達になった
滞在中はその老人が色々な場所を案内してくれて、祖父には非常に有意義な旅だったらしい
帰国する時に
「二人の友情に」
と古い中国の貨幣をもらい、それをループタイの飾りにして大事にしていた

念願の旅行に行ってからますます中国が好きになった祖父
が、たびたび行くのは家族もいい顔をしない
そこで妥協で横浜の中華街に行こうと思い付いた
しかし一人では家族が納得しないから、と三国志が大好きな中学生の私を同道させることにした
「孫子も三国志が好きならば中国というものを肌で感じさせてやらなければ。しかし海外に行かせるのは心配だと分かっている。だから横浜ならば安心だろうが」
という訳の分からない理由で、思い立ったその日に私は新幹線に乗せられていた

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328: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/10/09(日) 19:49:46.12
うちのじーさんは元ガテン系DQN。
短気で腕っぷしも強かったので893と喧嘩したりビール瓶で刺されたり、
時代や職業、地域柄そういう話に事欠かなく
直接の暴力はないけど、経済DVに重度のエネミー、気に食わないことがあると
物にあたり散らしたりとダメな部分を抽出すると絵にかいたようなDQNだったらしい。
そんなじーさんも俺ら孫世代が生まれる頃には人間が丸くなって
砂糖のようにデレデレと孫に甘い人になってたので伝聞でしかDQN部分を知らなかった。

だけど一度だけ遭遇した。
出された朝食のおかずが気に入らなかったとかでじーさん大爆発。
大声でばーさんに怒鳴って、食卓のご飯を腕でなぎ払った。
漫画とかコントみたいに食卓の上のもの全部吹っ飛んでた。
熱々の味噌汁がかかったのと恐怖で俺ギャン鳴き。
すぐ母の元に逃げて行ったのでその後どうなったのかは知らない。
幼稚園に入る前くらいの事で記憶が曖昧でしばらく忘れてたけど、この間そう言えば…と思い出した。

後で星一徹のちゃぶ台返しを知ったが、親父に聞いたらじーさん怒るとあんな感じだったらしい。
片手で電機釜ブン投げたりとか。

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413: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/10/10(月) 22:32:36.84
台風の日、じーちゃんが「船が無事かどうか見てくる」と言っていなくなった。
家族親族ご近所さんで大騒ぎで探しまわったのが修羅場だった。
結局じーちゃんは、雨合羽取り出そうとして倉庫の荷物が崩れ挟まってたとこを従兄に発見された。
一晩倉庫にいて肺炎で入院してたが、ようやく退院できた。
船がどうこうなっても、じーちゃんにはどうもできんあれほど言ってあったのに、いつになったら理解してくれるんだ。

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672: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/10/28(金) 00:25:10.30
出遅れ葬式ネタでひとつ。

父実家にて。その日は通夜だった。亡くなったのが年寄りだったので悲壮感
が薄くただガヤガヤしていた。
学生だった私もお茶出しに駆り出され、お盆持って行ったり来たり。
人がひけ始めたころ廊下で祖父とすれ違った。

……そのじーちゃんの通夜だよ今日は!!!

正体は大叔父(祖父弟)。元々似ていたが年取ったら禿具合まで全く一緒。
私の父をはじめ二人の実子達は見分けられるが実子の配偶者達は誰も見分け
られない。祖父と同居だった伯父嫁と従兄たちさえも。
親戚付き合いの薄い一族なのでそっくりっぷりを初めて目の当たりにした人
も多く、案の定翌日の告別式にかけてあちこちでプチ修羅場になっていたら
しい。

大叔父は形見に「じじいの自慢の自転車」(マウンテンバイク)を貰って帰った。
それで遠乗りしても父実家周辺には来ないで欲しいと思った。

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923: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/10/31(月) 18:27:56.34
自分の修羅場思い出したんで書いてみる。
もう20年以上前の話だ。

当時俺は中学生、たまたま部活を休んでいたんだ。
そうしたら室内火災報知機がけたたましくなってじいちゃんの部屋がボヤになってた。
原因はじいちゃんの寝たばこ。
寝たばこが癖で何度言ってもやめないから(つーか体が動かなくなってたのに煙草
吸ってたからね)危ないってんで当時はまだほとんど知られていなかった室内火災
報知機をつけてた。

いろいろあって結局じいちゃんは無くなったんだが、その「いろいろ」のことを警察と消防に
何度も同じ質問受けたよ。

その日は親父もいたんだが動転して役に立たず、消火から救急車呼んで病院に付き添
ったのは俺だから、一番事情に詳しい同じ質問を日を変え場所を変え本当に何度も受けた。

その間はけっこう修羅場だった、葬式もあるし片付けもあるし事情聴取はあるし。
不幸中の幸いは建物、部屋は一切焼けなかったことだけど、それがまた憶測を呼んだ。

後から知ったんだが、どうも警察は状況から保険金杀殳人を疑ったらしい。
ただ、じいちゃんは昔保険屋さんと大ゲンカして生命保険一銭もかけてなかったそうで
それが決めてでようやく警察も事故と判断したんだそうだ。

ただ、中学生の俺にその容疑の一端がかけられてたことを知った時が一番の修羅場だった。

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777: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/16(月) 17:07:08.41
小学5年の時、裏庭で爺さんとたき火をしていた。
落ち葉を集めて焼き芋をしていたんだけど
イモが転げて火から出てきたので元に戻そうと近くにあった
壊れた傘(小学生用の先端丸い黄色いプラの付いたもの)でイモを押し戻したら
これが自分にはとても面白く、調子に乗って火に傘を突き刺して遊び始めてしまった。
溶けてきた傘を見て爺さんは「やめとけ」と言ったが
そう簡単には止められない楽しさがあって無視して続けていた。
次の瞬間、
「ジャキーン」という音と共に傘の骨が自分に向かって反り返って爆ぜた…ように見えた。
私は溶けた黄色いビニールをモロに被弾してパニックになり、燃えた傘を持ったまま爺さんに突進。

後から聞いた話によると
その時家のベランダで洗濯物を取り込んでいた婆さんが目にしたものは
燃えた傘を持って爺さんに向かう孫…思い切り叫び声をあげたそうな。

爺さんは私に付いたビニールを叩き落とそうと必タヒで、自分のズボンの裾に着火したのに気付かない。
私は最初ただもう食いしばってしまって声も出せなかったが
どこからか「アアアーーー!!」と聞こえたのを皮きりに号泣。
ズボンが燃えてるのに気が付いて急に踊り出した爺さんに更にパニックになり周囲を回りながら大絶叫。

誰かが傍に来る気配がしたと思ったら私は思いっきり突き飛ばされ失神→病院→入院。
爺さん→病院→帰宅。

私と爺さんがちゃんと事情説明出来るようになるまでの数時間、
婆さん発信の怨霊説が両親を襲い、キレた母が家を出る出ないの修羅場に発展。今も若干尾を引いている。

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429: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/10/25(火) 17:57:15.84
プチですが。
立場は基本的に私から見たもので。

・我が家と父実家は新幹線の距離で、年に一度暮れに帰省する程度のつきあい
・父は真ん中っ子だが長男(伯母・父・叔母の三人兄弟)
・祖父は、祖母が亡くなってから数年間一人暮らし。

・夏頃に祖父が骨折、それを機に、そろそろ祖父の処遇を真剣に考えよう、
暮れに集まった時に話し合おう…という流れに。
・急な仕事で、母が暮れの帰省に行けず。
・帰省から戻った父「うちが引き取る事決まったから」

約20年前の出来事。そこから10年同居して祖父は亡くなった。
兄の結婚が決まり、結婚式とか引っ越しとか一段落ついた所で
母が「実はね…」と経緯を話してくれた(父抜き)
「引き取り同居自体より、そんな大事な事を勝手に決めてきた事に腹が立った。
本気で離婚しようかと思った。
これからは二人で一つの家庭をつくるんだから、
ちゃんと話しあってお互いの意志を確認しながら生活していくのよ、分かったわね」
…という話を静かにじっくりと。
兄はほとんど青ざめながら真剣にうなずいていたw

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288: 名無しさん@HOME 投稿日:2010/08/31(火) 11:46:13
夫の祖父が亡くなってすぐ、長年の不妊治療の末に兄嫁さんが妊娠した。
兄は「今年できなかったら(少なくとも治療は)諦める」と宣言していたため、
あまりのタイミングの良さに「生まれ変わりだ!」と騒ぐ親戚ジジババ多数だった。
兄は不快そうだったけど、一応法事の席だったから我慢してた風だった。
私が聞いてても不愉快になるくらい「生まれ変わり話」一辺倒だったんだけど、
(特に夫祖母。夫婦仲超悪かったらしいが、亡くなったとたん良妻になってしまった)
兄嫁さんがニコニコ笑いながら

「おじい様、ずうっと大変だったんだから(晩年抗がん剤の副作用で苦しんだ)、
きっと「まだ少し勘弁してくれー」ってあちらでお休み満喫中ですよ。
そんなにせわしなくさせちゃ申し訳ないです。
でももしかして「あそこんちに行っておいでー」って、そのへんにいた子の背中を
こっちにぐいぐい押してくださったのかなって。
なんだか私、ついそんなことばかり考えちゃうんですよ。
本当に、ありがたいことだなって。おじい様、子供が大好きだったから・・」

ってうっすら涙ぐんで、一同もらい泣き。
以後もう誰も生まれ変わり説を唱えなくなった。
そして数年後なんと兄嫁は自然妊娠で二人目を出産!
みんなで「おじいちゃんもうひと頑張りしちゃったのかもねー」って笑ったよ。
私も、なんとなく子供関係のことになるとつい仏壇にお願いしてしまう癖がついたw

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