キチママ目撃談

鬼女やキチママ等の生活系2chまとめブログです!

タグ:祖母

オススメピックアップ!

168: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/08/29(水) 07:43:16.73
もうすぐ父方の祖母の49日なのでカキコ。
ちょうど1か月前、父方の祖母が85歳で亡くなった。
85歳なのに、目もいいし、耳もいい。
しかも、脳卒中で倒れて要介護がついたのに、その数年後に要介護が無くなったというハッスルばあちゃん。
その、祖母の定期預金を相続するのに、父が役所をかけずり回ってた。
話を聞くと、生まれた時からの戸籍謄本が必要みたいで、群馬生まれのばあちゃんの群馬の戸籍謄本を取り寄せをしようとした時、
「離婚されてますけど」との言葉。
これには父もびっくりだったらしい。
ばあちゃん、24歳の時に一度結婚して女の子を産んでた。
しかも、その2年後に協議離婚して、その子は父親に親権が移ったらしい。
生きていれば父より11歳上の種違いのお姉さんがいた事になる。
その事実を知った時が我が家の一番の修羅場だった。
その当時、離婚するのは大変だっただろうに…
ばあちゃんは墓場まで持っていくつもりだったんだろう。

続きを読む

47: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/09/05(水) 01:15:11.39
不倫の末の自さつってやりきれないね。
自さつと不倫つながりで

私の母と祖母は犬猿の仲
特に、父が早くなくなってから関係は悪化
父がガンでタヒんだことを、当時小学生だった弟に
お前が悪い子だからお父さんがタヒんだんだ
と、本人は躾のつもりで言ったもんだから、母は祖母を一生許さないと言う。
そんな祖母の娘(母から見たコトメ)も、瓜二つのクズ
常識無し、無神経、社長に嫁いだのに貯金無しのないないづくし
父と母の思い出の形見を、借りパクしたまま返さない。
さらにそこから生まれた娘も同類で、私から見たいとこになるんだけど
こいつが不倫をやらかした。
不倫された旦那さんの祖母がショックで自さつ。
旦那さんのお父さんが、「クズ女のばばあはここかーー!」と、我が家に来襲
クズばばあは生憎留守。
そのお父さんと一緒に、クズばばあとののしってやりたい母も
そんな訳にはいかず、お父さんに頭を下げまくった。
もはや、同居でありながら、母と祖母は絶縁状態。
結局、社長に嫁いだものの、本人も娘もクズすぎて会社は倒産。
この期におよんで、財産を隠したいから預かってなんて言ってきたので
従うフリをして、父の形見を取り返してきてあとは知らん振り。
他の兄弟にも、いつまでも社長婦人のつもりで傍若無人に振る舞い
倒産の残務整理を手伝わせ、怒りを買い絶縁。
テレビ局から取材が来る様な立派なお屋敷も手放して、
今では団地住まいだとか。
ざまあ

続きを読む

159: 1/2 投稿日:2012/09/23(日) 02:02:47.16
母方の祖母が亡くなったときが修羅場だった。

祖母は85歳の大往生。
亡くなる数秒前まで、かなりしっかりしてた。
法事関係は全部祖母が仕切っていたから、残された子供たちは
誰も段取りをしらなかった。(親戚じゅう、ここ10年ほど誰もタヒんでなかった。)
祖父(存命)のほうがずっと病院出たり入ったりをしてたので
祖父が亡くなったときにそういった段取りを皆に教えようとしていたんだろう。
だが祖母が先に亡くなってしまい、親戚たちは右往左往。
祖父は突然亡くなった祖母に呆然としていてまったく動けず。
お寺への連絡、役場への連絡から親戚の連絡先も、
祖母が使っていた電話帳をひっくり返して発見。

田舎なので葬式は家でやるのだが、祭壇やお膳もあるはずなのに
納屋中ひっくり返しても見つからず。(終わってからひょっこり出てきたw

しかも亡くなったのが夕方だったことや、友引を挟んだことで
葬式が行われたのは亡くなって4日後だった。

ずっと在宅で裁縫の仕事をしていただけの祖母なので
告別式でも、それほど人は来ないだろうと思ったら(せいぜい80人ほど)、
200人くらい来た。
葬儀会社の人もびっくりしていた。私たちもびっくりした。
続く

続きを読む

419: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/10/31(水) 16:40:13.80
もう10年前の話。一族の鼻つまみ者の新興宗教狂いの祖母、何故か俺の家(父親末っ子)に住み着いていた
そのせいかつねにギスギスした家になり、様々な弊害があり、家庭崩壊の危機にあった
当時17歳の妹はこの祖母に我慢ができず、そのため完全無視をきめこんでいたがそれすら許せない祖母が妹に噛みついた
包丁を片手に震える祖母相手に、妹「お前親戚中に嫌われてるんだよ、まだわかんないの?」
アホでエネな父親はそんな妹を平手打ち「お前がそんなネネ(子供)だとは思わなかった!」
妹、ブートキャンプで鍛え上げたその馬鹿力で父親を押し倒し祖母に「刺したかったら刺しやがれ!」
もうね、修羅場でしたよ

続きを読む

88: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/12/26(水) 09:27:52.84
うちの祖母が結婚前地方銀行に務めてたが、
一円でも収支が合わないと合うまで行員全員居残り。
今みたいな電子機器などないから全員そろばんで計算して大変だったろうね。
そして聞いた当時支店勤務だった祖母の修羅場二つ。
お賽銭を盗んだ、今でいうホームレスが小銭をお札に換金しに窓口によく来たらしい。
現代ならすぐ警備員が飛んできて追い出してくれるんだろうけど、当時は客として対応しなくてはいけなかったそうで
そういう輩から空気感染や飛沫感染の伝染病を移されることが当時は多かったとかで
祖母も結核を患って大変だったって。
また曽祖父、祖母が就職してすぐ銀行に電話してきて「娘がまだ帰って来ない」と。
一応工場経営してた地域の名士でもある曽祖父だったので支店長が自ら応対。
「残業さえなければちゃんと5時の退社時間には返しますから。」と行員全員のまえで丁寧な口調で
電話対応してて、切った後祖母に
「お父様から心配の電話だったよ。銀行は3時に終わって行員もすぐ帰宅すると思っていらっしゃったらしい。」と苦笑い。
祖母は恥ずかしくて穴があったら、どころか穴掘って入りたかったそう。

続きを読む

17: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/09(土) 15:05:24.84
私は父が不在の深夜に横で婆ちゃんがタヒんでいくのが判ってたよ
まだ6歳だったけど
怖くて布団の中で震えを我慢して寝たフリが精一杯だった
一緒に寝ていた母はのんびり親戚(祖母の娘で父の姉)に電話してて
何故あの時に救急車を呼ばなかったのか
救急車呼んでたら祖母は助かってたかも、と思う時がある
当時、介護疲れで母のヒステリーが何よりも恐怖で
誰にも言えず、葬儀中も嬉々として鏡の前でめかし込んでた母が怖くて
大人になった今ではもう何年も会ってない
それ以前に毒親だったんでもう会う予定もないけど

続きを読む

79: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/03/27(日) 16:45:14.17
家で祖母がタヒんだ時が修羅場だったかな
私が小学生低学年の頃だったんだが
父の母親である祖母が部屋で餅詰まらせてタヒんでた。
私が発見した。今でもその光景は目に焼き付いていてたまに鬱になる
警察が5人くらい来て捜査開始。私も母と祖母の様子なんかを聞かれた。
母はいわゆるパチンカスでネグレクトで姑である祖母に対しても
加齢臭がするから部屋から出るな!と言って姑イビリをしていた。
実際、嫌がらせで餅やこんにゃくゼリーを祖母に与えていたので
母は警察から疑われてたんだと思う。近所でもひそひそされてたらしいので。
母が警察署で詳しい話を~と連れて行かれたけど、すぐ戻ってきた。
この辺はよく分からないが結局変タヒで落ち着いた。
でも近所では姑殺しと噂され、私は施設へ行った方がいいとか言われたり大変だった。

続きを読む

608: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/12/14(水) 22:37:37.34
亡き祖母は旧家だったが、早くに母親を亡くし幼い時から苦労をした
そんな祖母の嫁いだ相手は良家の末息子
長兄は地元の英雄、長姉は当時としては高学歴の行かず後家な女子高の教師
次姉はすでに嫁いでいた(この嫁ぎ先がかなり修羅場だったけど)
そんな家に来た祖母に長姉は
「貴女の名前は我が家には合わない」
と名前を付けたらしい
ようは例えば田中菊江さんが高橋家に嫁いで来たら、勝手に高橋トラさんに変えられたようなもの
おかげで祖母はずっと手紙などは本名の他、長姉に付けられた名前でも来るように
結局、一度も嫁ぐことのなかった長姉との間に色々あったようで、祖母は本当に長姉を苦手としていた
長兄は優しい性格だったらしく、それだけが心の支え(しかしタヒぬまで独身だった)
わがまま放題のなぜか跡を継いだ旦那の代わりにすべての家の切り盛りを祖母がしていたらしい

そんな苦労のし通しの祖母が亡くなり、その数年後経ったつい最近
長姉がふとした弾みで転倒し、そこから一気に危篤状態に陥った
私の母にとって長姉は伯母。もう長兄も次姉も祖父もいないので、母が面倒を見ていた
私が仏壇に手を合わせ
「じいちゃん、どうかおばさんを助けて下さい。ばあちゃん、早くそっちにおばさん来てほしい? 」と言った次の日だった
長姉は奇跡の回復を遂げ、酸素マスクなど必要だったのもいらなくなり、普通に歩いたりできるまでに
食欲も旺盛だしタヒぬ気配は一切なし

よほど祖母はまだ向こうでも一緒に暮らす気はないらしい

続きを読む

246: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/03/29(火) 16:54:32.50
今回の被爆者差別見てると、うちの祖母の昔話思い出す
うちの祖母は広島出身
祖母自身は他県の親戚の所に預けられていて被爆しなかったが、
祖母の母親、つまり曾祖母が被爆して終戦後数年して亡くなった
だから祖母自身は放射能と何の関係も無かったんだが、
年頃になってから被爆者の娘だと言われて結婚できなかった
それでも祖父と知り合って、そんな事関係無いとプロポーズされた
ところがその後、祖父側の家族が別れさせようと総出で祖母を誘拐した
みんなで取り囲んで吊るし上げやったんだが、祖父の伯母がこっそり抜け出して祖父に連絡した
それから夜に全員の隙を付いて祖母を逃がし、
家の近くで待機していた祖父の元へ送り届けてくれた
祖父母は無事他県に駆け落ちして結婚した
最初は苦労したけど小さな会社を立ち上げ、子供に5人も恵まれた
今はのんびり楽隠居の身で、孫の目から見ても仲が良い
放射能や被爆について正しい知識が手に入る今でもこんな騒ぎなんだから、
昔の差別はさぞきつかったんだろうな

続きを読む

255: 名無しの心子知らず 2011/02/05 15:03:14 ID:5Y6DZwiC
うろ覚え部分もあり、かなり思い出しながらだから、ヘンな部分が多いかもだけど。
ここ見て思い出した。20年ちょいぐらい前の話。
あの時は、確か、私は4歳かそこらだったと思う。
私の田舎の家には大きな大きな、柿の木が植えてあった。
それをもいで食べるのが、小さな私の楽しみだった。
ある日、外へ出たら、見知らぬ母娘が柿をもいでいた。
「あれ?知ってる人?」
って大きな声で叫んだのは、覚えている。
祖母が直ぐに出てきて、「あらまあ!」と慌てていた。
見知らぬ母は、ツーンとした感じで悪びれもせずに
「こんなにあるんだから、いいじゃない?」
と、開き直る。
そこで、祖母があっけらかんとこう言った。
「アンタ、それ食べるの?いいけど、娘さんには食べさせないでね?」
見知らぬ母は、ぽかんとし、「なんで?」って聞いたら、祖母は、
カラカラと笑い出し、驚きの発言をした。
「いいけど、死ぬよ?それ毒だもの。」

見知らぬ母娘は、「ええっ!」って悲鳴をあげて、柿を投げ捨てて行った。
それを拾い上げて、祖母は
「まだ渋柿だねぇ、もう少しまてば美味しいのが取れるから、
言ってくれりゃさ、おすそ分けできたのに。」
と、袋に詰め始めた。

続きを読む

このページのトップヘ