キチママ目撃談

鬼女やキチママ等の生活系2chまとめブログです!

タグ:祖母

オススメピックアップ!

17: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/02/09(土) 15:05:24.84
私は父が不在の深夜に横で婆ちゃんがタヒんでいくのが判ってたよ
まだ6歳だったけど
怖くて布団の中で震えを我慢して寝たフリが精一杯だった
一緒に寝ていた母はのんびり親戚(祖母の娘で父の姉)に電話してて
何故あの時に救急車を呼ばなかったのか
救急車呼んでたら祖母は助かってたかも、と思う時がある
当時、介護疲れで母のヒステリーが何よりも恐怖で
誰にも言えず、葬儀中も嬉々として鏡の前でめかし込んでた母が怖くて
大人になった今ではもう何年も会ってない
それ以前に毒親だったんでもう会う予定もないけど

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79: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/03/27(日) 16:45:14.17
家で祖母がタヒんだ時が修羅場だったかな
私が小学生低学年の頃だったんだが
父の母親である祖母が部屋で餅詰まらせてタヒんでた。
私が発見した。今でもその光景は目に焼き付いていてたまに鬱になる
警察が5人くらい来て捜査開始。私も母と祖母の様子なんかを聞かれた。
母はいわゆるパチンカスでネグレクトで姑である祖母に対しても
加齢臭がするから部屋から出るな!と言って姑イビリをしていた。
実際、嫌がらせで餅やこんにゃくゼリーを祖母に与えていたので
母は警察から疑われてたんだと思う。近所でもひそひそされてたらしいので。
母が警察署で詳しい話を~と連れて行かれたけど、すぐ戻ってきた。
この辺はよく分からないが結局変タヒで落ち着いた。
でも近所では姑殺しと噂され、私は施設へ行った方がいいとか言われたり大変だった。

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608: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/12/14(水) 22:37:37.34
亡き祖母は旧家だったが、早くに母親を亡くし幼い時から苦労をした
そんな祖母の嫁いだ相手は良家の末息子
長兄は地元の英雄、長姉は当時としては高学歴の行かず後家な女子高の教師
次姉はすでに嫁いでいた(この嫁ぎ先がかなり修羅場だったけど)
そんな家に来た祖母に長姉は
「貴女の名前は我が家には合わない」
と名前を付けたらしい
ようは例えば田中菊江さんが高橋家に嫁いで来たら、勝手に高橋トラさんに変えられたようなもの
おかげで祖母はずっと手紙などは本名の他、長姉に付けられた名前でも来るように
結局、一度も嫁ぐことのなかった長姉との間に色々あったようで、祖母は本当に長姉を苦手としていた
長兄は優しい性格だったらしく、それだけが心の支え(しかしタヒぬまで独身だった)
わがまま放題のなぜか跡を継いだ旦那の代わりにすべての家の切り盛りを祖母がしていたらしい

そんな苦労のし通しの祖母が亡くなり、その数年後経ったつい最近
長姉がふとした弾みで転倒し、そこから一気に危篤状態に陥った
私の母にとって長姉は伯母。もう長兄も次姉も祖父もいないので、母が面倒を見ていた
私が仏壇に手を合わせ
「じいちゃん、どうかおばさんを助けて下さい。ばあちゃん、早くそっちにおばさん来てほしい? 」と言った次の日だった
長姉は奇跡の回復を遂げ、酸素マスクなど必要だったのもいらなくなり、普通に歩いたりできるまでに
食欲も旺盛だしタヒぬ気配は一切なし

よほど祖母はまだ向こうでも一緒に暮らす気はないらしい

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246: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/03/29(火) 16:54:32.50
今回の被爆者差別見てると、うちの祖母の昔話思い出す
うちの祖母は広島出身
祖母自身は他県の親戚の所に預けられていて被爆しなかったが、
祖母の母親、つまり曾祖母が被爆して終戦後数年して亡くなった
だから祖母自身は放射能と何の関係も無かったんだが、
年頃になってから被爆者の娘だと言われて結婚できなかった
それでも祖父と知り合って、そんな事関係無いとプロポーズされた
ところがその後、祖父側の家族が別れさせようと総出で祖母を誘拐した
みんなで取り囲んで吊るし上げやったんだが、祖父の伯母がこっそり抜け出して祖父に連絡した
それから夜に全員の隙を付いて祖母を逃がし、
家の近くで待機していた祖父の元へ送り届けてくれた
祖父母は無事他県に駆け落ちして結婚した
最初は苦労したけど小さな会社を立ち上げ、子供に5人も恵まれた
今はのんびり楽隠居の身で、孫の目から見ても仲が良い
放射能や被爆について正しい知識が手に入る今でもこんな騒ぎなんだから、
昔の差別はさぞきつかったんだろうな

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255: 名無しの心子知らず 2011/02/05 15:03:14 ID:5Y6DZwiC
うろ覚え部分もあり、かなり思い出しながらだから、ヘンな部分が多いかもだけど。
ここ見て思い出した。20年ちょいぐらい前の話。
あの時は、確か、私は4歳かそこらだったと思う。
私の田舎の家には大きな大きな、柿の木が植えてあった。
それをもいで食べるのが、小さな私の楽しみだった。
ある日、外へ出たら、見知らぬ母娘が柿をもいでいた。
「あれ?知ってる人?」
って大きな声で叫んだのは、覚えている。
祖母が直ぐに出てきて、「あらまあ!」と慌てていた。
見知らぬ母は、ツーンとした感じで悪びれもせずに
「こんなにあるんだから、いいじゃない?」
と、開き直る。
そこで、祖母があっけらかんとこう言った。
「アンタ、それ食べるの?いいけど、娘さんには食べさせないでね?」
見知らぬ母は、ぽかんとし、「なんで?」って聞いたら、祖母は、
カラカラと笑い出し、驚きの発言をした。
「いいけど、死ぬよ?それ毒だもの。」

見知らぬ母娘は、「ええっ!」って悲鳴をあげて、柿を投げ捨てて行った。
それを拾い上げて、祖母は
「まだ渋柿だねぇ、もう少しまてば美味しいのが取れるから、
言ってくれりゃさ、おすそ分けできたのに。」
と、袋に詰め始めた。

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