キチママ目撃談

鬼女やキチママ等の生活系2chまとめブログです!

タグ:病院

オススメピックアップ!

163: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/11/21(月) 15:05:19.26
自分的には修羅場だった話を思い出した、ややフェイクあり

うちの母親は思い込みがすごく激しくて、今思えばアスペかなんかだと思う
何十年か前、自分はある病気になった、結構深刻である薬を数年にわたって常用しないといけなくなった
昔、母親は医療機関に勤めていたそうで、医者から処方された薬が多すぎると激しく指摘
それを病気で動揺していたせいか、なぜか鵜呑みにしてしまい一錠ほど少なくして飲んでいた
それから、しばらくして全身に蕁麻疹がでた、もう皮膚という皮膚、頭皮にまでかゆいというより痛い
あまりにも苦しくて「一人では病院にいけそうにない連れてってくれ」と頼んだら、「忙しい、土日は病院やってないから無理」と言われた
その後はずっと寝込んでた、シーツがこすれただけでも、皮膚が熱くてやけどしたみたいな感じだった

あまりの具合の悪さに、意識が朦朧としたまま何とか土日をすごす、月曜の朝にたまたま父親に発見されて病院へ行った
薬のアレルギーだった、しかも母親は医療機関といっても事務してただけで、減らしたからアレルギーがこれくらいですんだと言い張っていた
真相は、アレルギーがあったのに勝手に量を減らしていたため、出るのが遅くなったらしい
あの時、病院いかなかったらと思うとぞっとする

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404: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/11/23(水) 13:41:12.13
母が何度目かのタヒぬタヒぬ詐欺をした話を書いてみる。
過去にも書き込みしてるし身内が見てる可能性ゼロじゃないので、フェイクかなり入れてます。

数年前、妹の目の前で、今から薬のむ宣言して精神科で出されてる薬一気のみした。
実は子供の頃から数年に一回こういうことやってて、昔の主な被害者は私。

それが、今回は他に同居してる人間が妹しかいないからって、妹に見せつけた。
他の兄弟には、私が見てきた親の修羅場はほとんど隠してきていたのに
よりにもよって唯一残ってた未成年にそんなもの見せつけたことで私が切れた。

他の成人してる兄弟は、もう呆れていたので救急車よべとだけ言って放置。
仕方がないので私だけ駆けつけ、救急車で同行して足がない妹を迎えに行き
入院にかかる手続きは全て片づけた。

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501: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/11/24(木) 11:03:39.98
豚切りごめん

トラウマ系。

俺は子供のころから手術とか、歯医者の治療とか、そういうのを連想させる映像とか
仰向けに寝ているところをたくさんに覗き込まれるとか本当に怖い。
最近はだいぶましになったけど、小さいころは泣き叫ぶレベル。

本当にどうしてこんなに怖いのはわからないし、病院行く時とかマジで困ってた。

中学生くらいの頃、親に昔話をされ全ての謎が解けた。

俺は3歳のころ、命にかかるようなものではなかったけど全身麻酔の手術を受けたことがある。
手術は順調に進み患部を閉じて、さて、後始末を始めましょうかという時、
俺の意識が覚醒してしまったそうだ。
麻酔後のヘブン状態と、状況の異常さが合わさり、
泣き叫びながら大量に管を付けて手術室から飛び出てきたらしい。

「怪獣みたいな叫びだったわよーあははは」なんていう母に正直殺意が沸いた。

小さい子供の麻酔の加減は難しいとは聞くけど、後始末に入ってからの覚醒でほんと良かったと思う。
もし手術真っ只中に覚醒したら・・・とか、痛覚だけ覚めてたら・・とか。

恐怖感の原因がわかってだいぶましになったけど、その状況のIFを想像すると脳内が修羅場る。

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565: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/11/25(金) 16:58:18.13
息子が2才のときに頭を怪我して縫うことになった

先生が「麻酔はできないんで」←ちっちゃい子は麻酔NGっぽい
「息子くんチクッとするけど我慢できるかな?」
息子「うん我慢する」私「終わったらアイス食べようね」「うん」

で、息子は4針縫う間とても大人しく(後頭部なのでうつ伏せ)してて
先生「我慢強い御子様ですね~」私「いや~それほどでも(エッヘン)」
という会話をしてたんだけど、

終わってもずっと息子はうつ伏せのままピクリとも動かないの
先生がパニックになっちゃって
看護師さんに「大先生(院長)呼んで来て!」
「脳波とるか?」とかあせりまくりで

ふとそこで聞こえてきたのが寝息…
息子熟睡してましたorz
先生には修羅場だったんだろうな

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574: 名無しさん@HOME 投稿日:2011/11/25(金) 18:59:26.72
麻酔で思い出した話。
小学6年の頃、図書館の本で初めて盲腸の存在を知り、そういえば
この本みたいにおへその右下が時々痛いかなーと思いつつも本みたいに
激痛にのたまうほどではなかったんで放置。

中学生になりあれ?これ激痛って程じゃないけど確実にいたいよね?
と学校を早退し学校近くの病院に行くが藪だったのか血を抜いて
痛み止めの点滴だけで終わった。

痛いけど我慢できる・・・?いや出来ない・・・?というような曖昧な
痛みを抱えていた矢先に弟が急性の盲腸で入院。
何となく言い出せなくなり我慢しだす。
しかし3日ほどで我慢できなくなり、親に泣きつき、別の病院で
見てもらうとやはり盲腸。切った方がいいと言われたが、中間テスト
1週間前だったため、親の願いで、テストが終わるまで毎日痛み止めの
点滴をすることになった。

テスト終了後速やかに手術が執り行われ、局部麻酔を希望したんだが
手術台の上のライト?が光った記憶を最後に、気が付いたら別の部屋で
寝ていて、口には酸素マスクや点滴がされていて、両端には両親が
泣きながら控えていて「ごめんねごめんね!」と叫んでいて自分ぽかーん。

なんでも自分は腹膜炎を起こしかけてたうえ、点滴で痛みを抑えていた
せいか、膿だか水だかが腹にたまっていて、後一日手術が遅かったら
確実にタヒんでたとかで自分gkbl。これは自分も悪いんだが、普段から
仮病を使って学校を休みたがった子だったので、親はあまり盲腸というのを
信じてなかったらしい。それでも親は罪悪感で一杯だったので
当時出たばかりのスーファミかって貰うことでチャラにした事が自分的修羅場。。

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267: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/05(木) 00:27:21.30
うちの嫁さんは注射嫌い。
新婚の頃、脇の下におできができた。
クレアラシルを塗ってみたが、一向に小さくならない。
それどころか直径2cmほどに大きく盛り上がってきたので、
近所の皮膚科へ。こりゃ切ったほうがいいですねぇと医者。
その時点で嫁はパニック。大丈夫、痛み止めの注射しますからと医者。
しばらくしてカーテンの向こうの処置室でドタバタ。カーテンが開いて
医者が怒った顔でご主人来てくださいと。患部に痛み止めの麻酔を
打とうとした瞬間に嫁が注射器をつかんで避けたとのこと。
改めて俺と看護師で嫁をがっちり押さえつけて注射、即切開。
子供じゃあるまいしと言わんばかりの医者の小言に俺プチ修羅場。

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490: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/14(土) 13:51:28.75
ちょっとお下品というか汚いというか、そんな人生最大の修羅場。

健康診断で、検尿・検便を持って病院に行くことになった。
病院が微妙な場所にあり、電車を何度か乗り換えないといけなくて少し遠かった。
自分から出たものとはいえ、病院まで鞄やサブバッグ入れて持ち歩くのはなんだか嫌。
でも普通の紙袋に入れたら中で動くし…と悩んで部屋中探したら、化粧品を買った時に貰った小さな程よいシャ◯ルの紙袋を発見!
プチプチシートに軽くくるんで、可愛い小封筒にい入れて紙袋にいれたらあまり動かないし、まさかシャ◯ルの袋で排泄物を運搬してるとは思うまい!と家を出た。

何度目かの乗り換えで、待ち時間があったのでベンチに座って、例の袋を膝に置かずに、脇に置いてしまった。
慣れない乗り換えで疲れてぼんやりしていたその時、袋が浮いた。あれ!?と思うと、女性がその袋を持ちスタスタと去って行く後ろ姿。
え?なんで?泥棒?とか考える余裕は無かった、だってその袋は…!!
パニックになり私は即座に大声で「ちょっとお姉さん!だめだめ!その袋はだめ!う◯こ入ってるから!う◯こ!」
う◯こ発言に、周りの人も驚いてこっち見てた。

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631: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/15(日) 11:52:53.10
受験シーズンなので一つ

中3の来週高校受験、というところで首の辺りがぐりぐり痛くなって来た
保健室に行くと
「もしかしたらおたふく・・かな?お医者で見てもらって」
と言われ、時期が時期だけに青くなり学校帰りに掛かり付けの小児科に行った
しかし診察室にいたのはいつもの先生ではなく、何か今でいうチャラい若者だった
「あの・・先生は?」
と聞くと
「学会。安心して。僕次男で、ちゃんと医者だから」
そう言われ、とりあえず診てもらうと
「あ、これオタフクだ。よかったね~学校休めるよ~」
いいわけない。冗談じゃない!と
「あの!!検査とかしなくていいんですか!?」
と聞くと
「血液検査とかあるけどねぇ、でもそれオタフクだし。もうカルテそう書いちゃったし」
医者の言うことだからというのと、オタフクの恐怖とですでにアワアワなっていた私は、呆然としたまま母の職場に連絡した
母も話を聞き「え!?」と悲鳴
とりあえず帰宅したら速攻、薬飲んで寝ろと言われた
半泣きで帰宅した私はもらった薬を飲み、オタフク風邪になったことがある友人の腫れた顔を思い出し、
「私もああなるのか。高熱が出て、顔が腫れて・・しかも入試当日もそうだったら浪人!?」
一人だけ高校行けない自分を想像し、大泣きした
とにかく「浪人」という言葉、「落ちる」という言葉が怖くてたまらなかった
(多分、インフルエンザとかそういった受験生の救済措置とかあるんだろうけど、受験はその時に受けないといけないという決まりのようなものがある、と思っていた)

長くなりそうなので切ります

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746: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/16(月) 13:10:18.17
※シモ有り。
大したこともないんだけど。受験シーズンで思い出した私の高校受験の時の話。

起き抜けのときから違和感があったけど、学校についてからお手洗いに行くとなんと血尿・・・orz
初めてのことでびっくりしたが「まあ3教科だし大丈夫だろう」と思ってそのまま試験へ。
が、考えが甘くその後すぐ体調が悪くなってきた。
下腹部はシクシク痛むし尿意が酷いしで受験どころじゃない。
専門一次試験で正直本命じゃないし、本命よりも偏差値や倍率が高いところだったので
半ばどうでもいい気分になりながらなんとかこなした。
そこから約1時間の道のりをどう帰ったのかは覚えていなくて、記憶は父と一緒に病院に行ったところまで飛んでる。
ほぼ間違いなく膀胱炎だったけど念のため詳しく検査をする、と尿検査と血液検査もした。
そして採血してしばらくした後に迷走神経を起こしてぶっ倒れてしまった。
失神してたのは一瞬だけど、人の多い待合室で歩きながら急にぽてっと倒れたもんだから
(受付のおっちゃんがアッー!って叫んだらしいし)
小さい子はビビッて泣いちゃうしジジババもびっくらこいて固まってた。
その後頭を打っていないかとか名前を言わされたりして無事が確認できたのでなんとか帰宅。
結局膀胱炎で次の日も通院し、点滴を受けながら新聞で試験の答え合わせをした記憶が強烈に残ってる。

ちなみに試験は何がどうなったのか合格していました。

おわり。

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796: 名無しさん@HOME 投稿日:2012/01/16(月) 21:25:47.71
腹痛ばなして思い出した。
ある夜ちょっと感じた事の無い右下腹部の痛みを感じるも,我慢していたら治まった。
なんか悪い物を食べたっけと思うも寝る。
翌日も特に変化無かったのだが,さらに翌日の夜に前回の腹痛より更に強い痛みを感じる。
また治まるだろうと布団に横になり我慢していたら,あまりの痛みに戻してしまい我ながら少しまずいのでは?と思い救急車を呼ぶ。
さらに痛みにが強くなり身動きも苦しくなる頃に救急車到着。
救急車って当然の事で受け入れ先が決まらないと発進しないのだが,一番最初の病院に受け入れ拒否をされたのが個人的には最初の修羅場。
無事受け入れ先が決まり,病院に着くも痛み止めは病名が確定しない限り痛み止めは出ないとのことが次の修羅場。
病名は尿路結石だったのだが,場所がら盲腸,腹膜炎なども疑われ様々な検査のなかでMRIをされた際の気持ち悪さが最後の修羅場(痛みと気持ち悪さで戻した。)
いわゆる排尿時に石のコロンと出るのが経験出来なかったのは,良かった様な残念な様な気がする。

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