キチママ目撃談

鬼女やキチママ等の生活系2chまとめブログです!

タグ:修羅場

オススメピックアップ!

660: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/28(土) 03:41:17.96
学生時代にあった、自分の修羅場。
夜中に電話してきた男が、母の浮気相手だった事を後から知った時。

確か深夜1時は過ぎていて、どう考えてもイタズラか間違いだろうと
まだ起きていた妹・母と共に無視をしていたが
一向に鳴り止まないので私が対応することに。
うちの名字は結構珍しくて名乗れば相手が気付くはず、と子機を取った。

とにかく焦っている様子で、え?を繰り返している。
子機を持ったまま固まる私を見て、母は何か察知したらしく
「変わる」と言い、奪うように子機をもって外に出て行った。
30分程して戻ってきた母は「会社の上司だった、ごめんね」と謝ってきた。

次の日、車で1時間かからない距離にある母実家に呼び出され、
祖母から母が浮気していた事を知らされた。
昨日、父・母・祖父・祖母・相手の5人で話し合い
母と相手に目の前で携帯から番号を削除させ、もう連絡とらないと約束させたと。
その時、母が気まずそうに目配せをしてから顔を逸らしたため
電話の男が浮気相手だったと察した。

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639: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/26(木) 20:58:17.00
うちの店の経理が修羅場。

父、15歳で家を飛び出し職人の道へ。
そのせいかどうか、会社って言葉に酷く弱い。

母が地元商工会の税理士さんに相談して「全然利益ないですよ」っていわれた
「店を会社組織にする」って夢に取り付かれてる。
父曰く、店が会社じゃないから母が協力的じゃないし、私も弟も店に寄り付かないらしい。

それ以前に会社組織にするなら、10日に1日しかない休日とか、休日出勤とか厚生年金とか
いろいろあること、わかってるんだろうか。
私だって、店がせめて週に1日にきちんと休みが取れてれば、精神科のお世話になることはないって
わかってるんだろうか。
うちの店の休みの決まり方→当日、または前日に「休みね」と伝えられる。予定なんか組み立てようがない。

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695: 投稿日:2013/09/29(日) 05:52:23.94
10数年前の帰省の時
嫁・自分・7歳長男・3歳次男で新幹線に乗った
混む時期ではなかったが、運悪く前日に地震があり
半日運休して、その日の朝運転が再開されたため乗車率200%だった
指定席をとっていたので、席には座れたが通路まで人がいっぱいで大混雑していた
地震の影響で減速したり、本来止まらないはずの駅でも停車するなどして、時間も大幅に遅れ
皆身動きも取れないくらいで、駅を出るたびあちこちで「混雑で降りれませんでした、次の駅で折り返します」とか携帯で連絡する声が聞こえていた
子供たちが飽きてきたり、寝たりして予定が狂いながらも、なんとか目的地に到着
子連れなので早めに席をたって、出口近くに移動していた
いよいよ駅が近づくと、同じように出入り口付近に人が押し寄せてきた
一個前の駅は、利用者の多い大きな駅で、大勢がおり遅れていた
この時点で俺が下の子を靴を脱がせて抱っこして
嫁が上の子と手をつないでいた
ところが駅に着くと、前の駅で降り遅れた人が今度こそ降りようと後ろから押しのけてくる
子供をかばいながら、もう片方の手で側にいた妊婦さんをかばって何とか駅に降りた
妊婦さんに気を取られているうちに、少し先にいたはずの嫁を見失い
周りを見渡すと、自販機のそばで嫁を見つけた
人ごみをかき分け駆け寄ると嫁は呆然と俺を見ている
長男がいない?長男のリュックだけ持ってる?
ゾッとして振り返ると、乗り込む人波に押し戻されて、通路に押し込まれる長男が見えた
そのままドアが閉まり、新幹線は発車してしまった
呆然としたあと、我に返り駅員に事情を話し、社内アナウンスを頼んで
次の停車駅に鉄道警察の人を手配してもらった
迎えに来た嫁両親に、泣いている嫁と長旅と人酔いでぐったりしている次男を預け俺が駅長室で待機

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682: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/28(土) 16:44:46.92
10年くらい前に母が軽トラにひかれた
私はその時家にいて近所の人が知らせてくれたので現場に向かうと、
すでに母は救急車で運ばれて、警察官と軽トラの運転手がいた
警察官に「どの病院へ行ったか後で報告するから家で待機してて」といわれ
仕事中の父に連絡したりしていると病院がわかったので
帰ってきた父と向かうと、簡易ベッドに寝かされている母
事故のせいかテンション高くて、ひかれたのに案外元気そう
母に「また骨折したんじゃないの~?大丈夫そうだね~」(何年か前に原チャリで転んで骨折してたので)と話しかけていたら、
医者に「肝臓にヒビが入ってるから絶対安静にしてなさい」と言われたのが修羅場

ちなみに、軽トラの運転手は、母が自転車で飛び出してきたと言っていて
母もその時の記憶が全くないと言っていたのと
直接見た人が警察官が来たときにはいなかったらしく
母の不注意で終わりそうだったが
現場検証に父と警察で行ったときに、たまたま目撃してた人が犬の散歩で通りかかって話を聞くことが出来た
先に自転車で出てきた母を後ろから軽トラが追突した
軽トラの運転手嘘ついてたよ

嘘がバレてから母のお見舞いに運転手が来たときに静かに怒る父が怖かった

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721: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/30(月) 03:55:52.75
非難されるの覚悟して書く
震災時に避難所で妻が子供に粉ミルクをあげてたら、「私の子供にも分けてください」の声
見ればその人は3歳ぐらいの幼児を連れていた
家があれば別だろうが、震災直後はすぐにコンビニに行かない限り、水も食べ物もない
特に赤ちゃんのミルクなんて貴重でまず手に入らない
幸い家は津波にあったものの、家の中が水でかき回されるぐらいですんでいたから
封の切っていない粉ミルクの缶やペットボトルは無事だった
でも俺は断った、その時はどれくらいで国の支援物資が到着するかも不明、届いてもその量は限られるに決まってた
子供にはこういうときこそ栄養を取ってほしいし、余りをほかの人に上げるくらいなら妻に飲んでほしかった
それにその人にあげたら、幼児を抱えたほかの人にもあげなきゃいけなくなってしまう
だが、その場の助け合いの同調圧力がひどくて、移動するまで針のむしろ
その人は何度も来るわ、その度に周囲の視線がきつくなるわ、お節介なおばさんが「少しぐらい…」と横槍入れてくるわ
こっちだって労働力がほしいっていうならいくらでも協力するよ、みんなの、ひいては俺の家族のためになるなら
だけどこの食料って一方的な提供で、誰かが代りのものをくれるわけでもない
余震の中、完全に水が引いていない家で命がけで見つけてきたものでもあるし、
それを簡単に、「こういうときこそ云々」と人の物でいい事しようとする連中に囲まれたのが修羅場

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826: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/09/30(月) 18:23:13.48
祖母-母-私と受け継いできた着物を、父方従兄の娘(小三)が切り刻んだ。

学校だか学童だかで裁縫を教えてもらって以来、ハンクラにハマって、従兄宅にある布地を
ハンカチから服に至るまで切り刻んで「お財布ー」「小物入れー」と作っていたらしい。
このことは父含め家族全員知らなかった。

で、家に従兄一家が遊びに来た時、いつも通り好きに遊ばせていた。私と母、従兄嫁は
つまみの用意や従兄の下の子(乳児)の世話で忙しかったので、弟に従兄娘の相手を頼んでいた。
弟が「従兄娘がクローゼット開けたがる」と言うので、単に服を見たいだけだろうと思って
「いいよ」と言ったのが間違いだった。

私のクローゼットは開けていいと言ったが、両親寝室のタンスまでは許可してない。
なのに、弟がトイレに行ってる隙に寝室に入り込み、桐タンスから着物を取り出し、色鮮やかな生地に
ヒャッハー状態になってザクギリorz
その間、弟は「従兄娘ちゃんはどこだ」と家の中を探し回っていた。

曾祖母の形見の着物とかも切られてて、しかも本人は「綺麗だからあたしが作り直してあげるの」で
悪いことをしたと自覚がなくて、従兄も「まあ所詮着物だしさー」だったのを、従兄嫁が血相変えて
娘を引っぱたいてギャン泣き、従兄ポカーンの後嫁に「娘に手を上げるなんてお前!」にうちの父が
「うちの嫁と娘の着物を切り刻んでおいてお前!」と怒りの連鎖反応。
その後、駄目になった着物代は伯父を通じて従兄夫婦から支払われたが、これが原因で従兄一家は
相当修羅場だったらしい。
うちも弟が「お前がちゃんと見てなかったから!」と責められて修羅場だった。

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868: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/10/01(火) 00:30:36.33
流れ切ったらすみません。自分の修羅場です。
元夫との結婚生活で、20代で半分ぐらい白髪になった話です。

元夫とは、結婚式の準備から、夫側の親兄弟の意見をごり押しされていて、
私の意見は聞いてもらえなかった。
結婚後も、「祖母が具合悪いから」と、夫家族との同居を勝手に決められ、
「みんな仕事しているから」と、私が仕事を辞めて介護することになった。
それで、介護と家事で毎日くたくたなのに、食事や洗濯の仕方ひとつひとつに
ダメ出し。それも嫌味とかじゃなく、「○○は××するのよ。ご存じ?」みたいな感じで言われるから、
今のはダメ出しなのかな、雑談なのかな、とりあえず気をつけよう、と顔色をうかがうばっかりだった。
例をあげると、浅漬けを食べている時に、「キュウリの浅漬けって、昔はお嫁さんはヘタの部分しか
食べられなかったのよ。ご存じ?」っていう という感じ。
あと、「親の躾って大事よね」と、ことあるごとに言われた。
元夫も「ごめんな」と、私の不出来を両親に謝る、みたいな姿勢をとっていた。
今なら戦えばよかったとか思うけれど、当時はだんだんと削られて、うなだれるしかできなかった。

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33: 1/2 投稿日:2013/10/02(水) 03:28:47.93
小学校低学年の頃、一ヶ月ほど母が家出したのが最大の修羅場。長文注意。

両親は三つ下の弟が産まれてすぐ離婚しており、自分達は母に引き取られた。
数年後に母は再婚。相手は某会社の設計士というエリート。母の為に海に近い新築の戸建を購入、おまけに養子縁組も快く組んでくれる、誰もが羨むような義父だった。

しかしこの義父が地雷だった。
リモコンや引き出しの中の小物の並べ方、フローリングを傷付けない歩き方、シャツのアイロンの掛け方などへの細かいダメ出しは日常茶飯事。
義父は通勤に電車を使ってたんだが、残業が多く終電に間に合わないことも多々あった。その時は義父より朝早く起き、家事をしてから仕事に行かなければならない母親を夜中に電話で起こして迎えに来いと言う(所用時間は往復で2時間ちょい)。
そんな深夜に晩飯を作れだとか、仕事の愚痴を聞けだとか、自分が寝るまで寝るなだとか、色々言われてたらしい。
他にも子供はソファに座るなとか、障害持ちの弟への接し方、子育てに対する意見の食い違いなど、義父と母は何かと衝突することが多くなった。
怒鳴り合いは毎日聞くし、泣いている母の姿も何度か見たし、母と喧嘩したあとは自分達に八つ当たりしてくる義父が怖くて嫌いで仕方なかった。

そんな生活が続き、やがて母は鬱病にかかり休職。家にいても何もやる気が起きず殆ど寝ている母。それに怒る義父。何も出来ない弟。
自分はどうしたらいいか解らなかったし、誰かに相談も出来ず、ただ耐えてた。自分が泣いたら母も余計辛いだろうからと見えないところで泣いてた記憶がある。

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896: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/10/01(火) 13:11:00.77
俺と同僚七人の修羅場
震災時、津波から避難した建物で身包み剥がされ奴隷にされた

雪が降る中、防寒着からジャケットに至るまで上着を持っていかれた
1本の水を同僚と七人で分け合う事にされ(他の連中は1人1本)、挙句にその1本もオバサンに持ち去られた
建物内のトイレが詰まって何度も掃除
建物に侵入してきた燃えた車の消火作業
屋上で救援要請のアピールと見張り
階段から階下の水位警戒
直ぐソコまで水が上がってきてる階段で、他の避難者の目を盗んで休憩
一晩中それらの作業を続けさせられ、津波水を飲んでしまった同僚三人の内の二人が倒れた

このままでは、他の避難者に殺されるのは間違いないと全員が確信
他の避難者を〆ても正当防衛や緊急避難が適用されるから大丈夫と結論
だが流石に殺人は無理なので諦めた

明け方に同僚の中の志願者が、水位が胸まである状況で救助を求めに出発
残りの者が不眠不休で作業を続けた
体中の水分が乾ききり、脱水症状で眩暈に襲われる中、我慢の限界が来た
他の避難者が飲み水が不足してるからなんとかしろと詰め寄って来たのだ

俺らはお前らの奴隷じゃない
俺らは確実にお前らに殺される
そんな事をぶちまけ、俺らは勝手に脱出する事宣言し、奴隷を放すまいと必タヒに止める避難者たちを振り切って、動けない同僚を担いで腰まである水の中に飛び込んだ

幸いな事に、先んじて救助を求めに行った志願者が近くまで来ている事を無線で知らせてくれた
車が来れるギリギリで待機していると
必タヒになって水の中を歩いて車に乗った瞬間に意識を失い、気づいたら二日経っていた

他の避難者が助かっていなければ、間接的とはいえ俺って殺人者なのでは?っと心が修羅場

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160: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/10/02(水) 21:14:12.29
友人としこたま飲んでベロベロになり
そろそろ朝って時に店の外に出た
タクシーでも拾うかと思って歩いてたら
後ろから両腕ごと抱きかかえられ、後ろから体重をかけられて転んだ

両腕を抱えられたままだから手をつくこともできず
頭からアスファルトに叩きつけられた、しかも背中に誰かの体重があるから
衝撃はさらに倍

痛って~て言いながら起き上がると、全然知らない若い女の子がいる
?、って思って「誰?」って聞いたら
「あ、ごめ~ん、まちがえたぁあぁぁぁあぁ、たいへん!」って
あぁ、この子も酔ってるなと思ってたら視界が真っ赤になっていく
手で額をさわってみたら真っ赤、大出血

俺の出血を見て、その女の子も少し酔いが醒めたみたいで
「あぁ、ごめんなさい、どうしよう・・・」っておろおろして
救急車呼んでくれて一緒に病院へ
あまりに酔ってるから医者に「もう麻酔効かないからそのまま縫うよ」って言われて
完全に日が昇ってから病院から開放された
女の子はそれまで付き合って待っててくれてお金も払ってくれた

後日、血まみれでダメになったスーツやシャツを弁償したいと連絡があり
一緒に買い物してご飯食べて
今では一緒に住んで、「嫁」になりました

傷跡は今でもしっかり残ってて、額からまゆげにかけてビシッと
映画の悪役みたいになってる

あの時一緒に飲んでた友人は「なんで俺に抱きつかなかったんだ・・・」とか言ってる

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