キチママ目撃談

鬼女やキチママ等の生活系2chまとめブログです!

オススメピックアップ!

814: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/11/11(月) 22:09:47.39
痛い話注意
母親から聞いた幼い頃の私の修羅場

幼いころはとても落ち着きのない子供だったらしい
特に、待つということが苦手らしかった
事件があった日は、家族で外食にでかけていた
私は早々に食べ終わり、家族の食事が終わるのを待っていたんだけど、じっとしているのが退屈だったのか
さあ帰ろうとなったときに、我先にと出口に走って行った
あまりに急いでたからなのか、床が段差で下がったのも見落としていた
結果、片足を踏み外し、段差の角に股間から勢い良く落下した

そこからはちょっとだけ覚える
ギャン泣きしたこと、局部から出血してたこと、椅子に座るのも痛くて泣いてたこと
それからしばらくトイレが痛くて尿意が来る度に泣いてたこと、トイレが痛くて我慢してたら膀胱炎になったこと 
当時は一日何回も来るトイレの時間が恐怖でしかなかった
毎日が修羅場だった 
何も後遺症が残らなくてよかった

866: 1/3 投稿日:2013/11/12(火) 04:11:44.30
他の人ほどすごい修羅場じゃないけど・・・。

中学のとき、担任は30代中ごろの男の先生だった(以後A)。
かなり熱血漢で生活指導の時に張り切るタイプ。当然生徒の人気もない。
自分は真面目な女子生徒。というかいい子ぶりっこで、教師の言うことを従順に聞く。
文化祭とかイベントの実行委員みたいな係をする機会が多かった。
イベントの準備で担任Aと接する時間が長く、他の子が部活に行ってしまうと二人きりになることも。

Aは職員室の他に自分の部屋(フェイクだけど理科教師なら理科準備室みたいな)を持ってて、
少数での話し合いは大抵その部屋だったので、そこで二人きりになることが多かった。
ちょうど高校教師が生徒を襲うみたいなドラマが話題になった時期で、
友達には密室二人っきりで大丈夫なの? とか言われたが、
当人は至って真面目に話とか作業をしてるだけだったので、変なこと言うなーと思っていた。

でもそれが1年くらい続いて、だんだんプライベートに口出しされたり、
どの男子を好きかとか聞かれるようになってウザく感じ始めた。
更に一度、「ここ暑いです」と言ったら「暑いなら上着ぬげば」と言って、
制服のブレザーのボタンを2つくらい外されたことがある。
さすがに嫌だったけど「直接触られてないし肌を露出してるわけではないし、
嫌がるのは自意識過剰だ」と自分に言い聞かせていた。
今思えばバカだけど、子供だったのでかわすこともできず、
A自身がよく「他意はないのにセクハラ扱いするのは自意識過剰」とか言ってたので、
拒絶するのは恥ずかしいことのように思ってたんだ。

898: 1/2 投稿日:2013/11/12(火) 17:30:33.20
当方クソ田舎住まい
数年前にデカイ道が出来て交通の便がよくなると
マンションが建ち始めた
やがて人が住むようになると結構な人が住むように
なったがルールを破る人が多かった
たとえばゴミ置き場に時間外にゴミを置く事
はこの辺では禁止されている

ここは猿や狸が出てくるので夜に置くとゴミを
散らかしてしまうため自治会長である父がマンションの
人たちに言いにいくと
「自分じゃないから知らない」
と言って全く話をしてくれないらしい
結局マンションの管理人と話し合いをして
マンションの人たち専用のゴミ置き場を作り
自分達で管理することになった

11: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/11/13(水) 22:19:58.38
一人っ子だと思ってたのに実は兄姉、弟がいた。
母はバツ1でDV借金で離婚、
子供を連れて隣県に逃げるも旦那家族に保育園から連れ去られ行方不明。
諦めかけたときに父と結婚、私出産。
その後、施設にいる兄姉を見つけるも法律の壁で引き取ることができなかった。
弟は父の愛人が黙って産んでいたが、父の家が資産家と知り名乗り出てきた。
DNA鑑定してないが私にそっくり間違いないと思う。
今は姉と弟と仲良くしてる。
特に姉とは喧嘩できるまでに「姉妹」になれた。
色々あったが落ち着いた矢先に兄は893になって遺体で帰ってきたのが修羅場だった。

19: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/11/14(木) 04:23:43.97
我が家の修羅場は県で一番の進学校に通っていた姉が突然家出した時
約半年くらいどこにいるのかもわからないまま、たまーにSNSを介して高校の友人と連絡を取っていたことだけで生存確認が出来ていた
警察に保護された後も、親も姉本人も殆ど「家出中にどう生活していたか」を話題にしなかったのは、なんとなく姉が風俗か水商売で生きていたからだろうな…というのを感じ取れたからだと思う
姉が家出してる間に、母は心労で倒れるし父はずっとピリピリしているし、それを支えられるのは私だけで、それが重荷だった。
他人から姉のことを聞かれる度に暗い気持ちになっていた
今は本人が大学も出て公務員になっているので笑い話になってるが、あの時は本当に大変だった

41: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/11/15(金) 16:44:32.50
金銭目的で資産家ヒッキーと結婚したのに
妊娠を機に自立すると宣言したのが修羅場

夫とは見合いで結婚した
引き篭もりを絵に描いたような人で
悪い人じゃないんだけど、暗くて他人と面と向かって話せないような人だった
大学在学中に心が折れたそうで、卒業後からほとんど家の中から出ないような生活だったらしい
ニート可という条件は、悉く見合いを断られた夫の両親が自分たちのタヒ後を
心配した結果らしく、「金はあるから一生面倒見てくれる人を!」と
嫁というよりは世話人募集みたいだった
当時の私はお金に困っていたので、ありがたくこの話を受けることにした
夫の人間性はこの際、害がなさそうならいいかと、何かあれば逃げればいいかなって
結婚後、マンションをもらい、二人で生活することになった
私は夫の両親の話を丸々信じたわけじゃなかったので
仕事はやめずに働き続け、家事をしてハウスキーパー代は着服
私も夫も物欲ないので2~3年たつとにやける様な額がたまった
夫とは、次第に慣れたのか、少しづつ会話するようになり
一緒に家事をやったり、時たま外へ出るようになった
何の問題もない日々だったのに、妊娠が発覚して一転、夫が覚醒、
「私のおかげだ、子供に恥じない親になりたい」と突如就職活動開始

106: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/11/17(日) 01:04:19.63
寝る前に投下。
二十歳の時、友人(同い年♀)と二人でチャリ旅に出た。本格的な重装備で10日位、寝食はキャンプと自炊。
旅が始まって3日目くらいに、荷物で重くなったチャリで山道をを登りつめた。
相当しんどかった為、あとは下るだけだ!とテンションMAXになり、ひゃっほーとか言いながら坂道を20キロ/h位で滑走。
気持ちいい!自然最高!とか思ってたらスリップして身体が飛ばされた。顔面から着地。前歯二本が綺麗にパキッと折れた。

そこからてんやわんやで、たまたま通りかかった車に乗せてもらい、号泣しながら(笑)歯医者へ急行。
応急処置をしてもらい、気持ちも落ち着いたので、前歯無いまま旅を継続することにした。
ただ、強打した前歯とズル剥けになった腕が猛烈に痛い。
その晩のキャンプを適当な空き地に設定して、テント張ってたらどこからかオバサンがきた。
「ここ○理教の土地なんよ、まぁオバサンが天○教の人に言うといたるわ」
と言って去っていった。

121: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/11/17(日) 20:51:20.92
車にはねれて生タヒを確認された後にもう一度はねて逃げられた時。
一度目は目眩がして中々立てなかったが意識はしっかりしていて会話が出来た。
「大丈夫ですか?」と運転手に聞かれて「はい」と答えたら急ぎ足で車に戻っていくから、何なんだろうと立ち上がろうとしたら勢い良くバックではねれた。
で、そのまま曲がり角に入って逃げられた。
二度目にはねられた後はとにかく腰が痛かったことしか覚えてない。
それが最大の修羅場。
余談だが、もしかしたらここでタヒぬのかもしれないと思ったら、まだ登校途中だったことを思い出して遅刻したら怒られるとタヒぬ気で起き上がり登校した。
校門で挨拶に立ってる先生に制服の破れなどでバレて心配されて怒られた。
病院に行った結果腰は痛かったが擦り傷程度で他はなにもなかったからよかった。

147: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/11/18(月) 14:42:38.43
他に比べたらマシかもだが俺の最大の修羅場
6年前の夏
家に帰ったら嫁と子供達がおらず、『彼女とお幸せに』とだけ置き手紙?メモがあった
気が動転して嫁に電話するも電源入ってない、義両親や義兄弟に連絡しても来てないという。
嫁の友人は何人か知り合いだけど連絡先が分からない
近所を探し回って家に帰ると心配した義姉夫妻が家に来てくれていた
義姉が年賀状から嫁友人の住所を見つけてくれて失礼ながら深夜に家までいかせていただいた
事情を理解してくれた嫁友人が他の友人達にメールで連絡してくれた続

163: 名無しさん@HOME 投稿日:2013/11/18(月) 16:07:05.41
子供の躾のせいで弟が離婚寸前まで拗れた。

今年の夏休み実家に親戚が集まるとのことで帰省した。
俺は元々自室だった部屋に、家族が居る弟は広めの仏間に荷物を置いて寝泊まりしてた。

当日弟は親戚のおっさんを車に乗せて買い出し、俺は母親の指示でテーブルを運んだり食事の用意を手伝ったりしていた。

ふと甥っ子と弟嫁が居なくなってるのに気付いたので探すと二階から降りて来た。

二階には物置になってる部屋と俺の部屋位しかなかったのでなにしてたのかなとは思ったけどその時はあまり気にしなかった。

食事と団欒が終わり、自室に戻ったら本棚にあったはずの本が机に積まれていたり誰かが入った形跡があった。

そして部屋に置いてあった楽器を見たら見事に破壊されていた。
(置いてあった棚から落としたっぽい。)

ギターのネックの部分の木が折れて剥がれていてエフェクターケースは落下して中身も破損していた。

二回に分けます。

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